離婚後のこと⑤働き方

離婚前から食品加工のパートは9時~17時で勤務しておりました。

離婚後も越境登校で送迎の必要があったので、平日は朝8時に息子を元夫のマンションまで送り、9時~17時まで仕事をして夕方17時半ごろお迎え、土日祝だけ少し勤務時間を延ばして8時~19時くらいまで働くことが多かったです。

半年後からは実家の学区になり、平日休日関係なく朝6時~19時くらいまで働ていたので、息子との時間はあまり作れず、実家に任せっぱなしでした。

食品加工の職場は年配の方も多く働いておられたので、自分も死ぬまで働ける職場だと思っていたのですが、職場環境が良くなく、特に人間関係は本当に合いませんでした。

そのように感じ始めていた時に、知り合いが、興味があった販売の求人を教えてくれました。結婚前も販売の仕事をしていましたが、今の自分で本当に務まるのか不安で、保険をかけて週4日から始めてみました。

食品加工のパートを6時~15時に減らし、16時半~22時までショップスタッフとして働くようになりました。

しかし、コロナがきっかけで、食品加工のパート先は業績悪化が著しく、作業の取り合いが起こり、人間関係は最悪なものになりました。

特に元々誰とも仲良くしていなっかたのと、他にも仕事があるという理由で、私への当たりが強く、業務以外のストレスを抱えていました。半年ほど続けていましたが、作業がなくなると早上がり等もあり、勤務時間にばらつきが出てきたりと、お給料が安定しなくなってきました。

ちょうどその時に販売のパート先から、フルタイム勤務へのお誘いをいただきました。。新しい職場は時短で働いていた時から、仕事内容も人間関係もとても良かったので、お誘いいただけたのがとてもうれしかったです。

販売のパートは、フルタイム勤務になると、担当の部署をを持つことになり、責任もありましたが、働き甲斐があり福利厚生もしっかりしているので、安心して続けられています。

現在は、だいぶレベルが上がり、週37.5時間勤務で前のパート先の週50時間ほど働いていたころのお給料と変わらないくらいになりました。

転職して本当に良かったです。

離婚後のこと④申請や手続き

離婚届けを出したその足で、保健所に行き必要な手続きを聞きました。スムーズに手続きが出来る順番が書かれた資料があり、丁寧に教えていただけました。

戸籍移動は離婚届にあったような気もするのですが、住所変更、国保の加入や児童扶養手当、ひとり親家庭医療助成制度の申請など,やる事はいっぱいで半日かけて全部まわりました。

私は元夫の戸籍から抜けて、新しく世帯を作って出たのですが、息子の戸籍は元夫のところのままでした。息子の戸籍を移すには別の手続きがいるとのことでした。そのことに気付いたのが、離婚して2年経ってからでした。いまだに息子は元夫の戸籍のままで、扶養だけ私がしている状態です。

児童扶養手当は実家暮らしだったので、初めの半年でだけで打ち切りになりました。

離婚後のこと③実家へ

離婚後すぐは実家に移りました。私の部屋は物置として使っていた納戸を使わせてもらい、息子は無駄に広い両親の寝室の一部を間借りする形となりました。

3畳ほどでしたが、下に空間があるタイプのベッドを置いて、下に学用品を収納したり、LEGOや本を置いてちょっとした秘密基地のような感じになっていました。

ロフトベッド←こちらから

こんな感じのベッドです。階段下に物が置けたりちょっとした鞄や上着を掛けれたり自分で管理できる環境を作ってあげれたのが良かったです。

間借りということでしたが両親は、寝るときにしか来ないので、ソファもテレビも独り占めできる快適な空間になっていました。

私の部屋はもともと納戸だったのですが、要らないものは整理させてもらい、普通の部屋のように使えていました。

取り合えず、滞納していた家賃の返済が終わり自立できる資金が溜まるまでという期限付きで、実家暮らしが始まりました。

離婚後のこと②息子への気持ち

夫婦関係は解消したけれど、息子にとっての二人の関係が変わることはなかったです。

息子が元夫と会うことを制限しなかったのは、その権利が私にはないと思っていたからです。

私は離婚のことを息子に早い段階から話していました、その時に別々に住む以外には何も変わらないと伝えてきました。元夫のことも息子の父親として尊重すると決めていたからです。

息子にとって今後も頼れる人は多いほうが良いと思うし、もし将来上手くいかないことがあったときに、両親が離婚していたからと責任転嫁してほしくなかったからです。

「人のせいにしない」ということは息子によく言うことで、誰かに責任を押し付けても問題が解決することはなくて、その時は人のせいにして逃げきれても、結局また同じ問題が起こると困ることになる、それなら自分がどうすればその問題を防げたのかを考えて反省した方が、同じ問題が起きても最小に防げたり、すぐに対処出来たりするよ。と伝えてます。

この離婚が、息子の人生に何の影響もないとは言えませんが、世間的にはどうあれ、本人には全く関係ないと思っていて欲しかったのです。

ただ、転校しなくてはいけないことに息子はとても悲しんでいました。

この時、息子は4年生で通っていた学校のお友達や先生がとても大好きでした、なんとか通わせてあげられないか、先生と相談して5年生までならと、特例で越境通学させてもらえるようになりました。学区内までは保護者が付き添うという条件付きでした。

その事を知り、元夫は引っ越し先を学区内にしてくれ、朝は元夫のマンションまで私が送りそこから登校し、放課後はマンションにカバンを置いて友達と遊べるようにと、息子の希望を叶えてくれました。

数カ月だけれど、息子にとって心の準備が出来て良かったと思っています。

5年生から通いだした学校では、同じ町内で実家に行たび遊んでいた子と同じクラスになれたおかげで、お友達がたくさん出来て楽しく通えていました。

高校生になり、みんな別の学校になったけれど、今でもたまに集まって遊んでいるようです。離婚してなかったら出会えてなかったと息子は言っていました。

嫌なことや、悲しいことが、あってもその先が楽しければ、それさえも良かったことになるということを学ぶ機会になって良かったと思っています。

結果論ですが。

離婚後のこと①引っ越し

離婚届を出してマンションの退去までの半月は本当に忙しかったです。

引越しは、元夫が出張に行ってるうちに元夫の荷物以外はすべて整理してマンションを出ました。

もちろんそのことは事前に元夫には伝えてありました。離婚してから無駄な争いはしたくなかったので、家族のときは気にしていなかったような常識的な報連相も怠らないようにしていました。

引越しと言っても、本当に少ない荷物でしたが、いろいろ疲れていた時期だったので、引っ越し業者にお願いして良かったです。引っ越し後の片付けもスムーズに終わりました。